5年間

墨東病院の名前はむすめ1号を出産した後から頭の隅に置いていた。
むすめ1号を取り上げた先生が在籍したところだと思う。人件費高そうな先生なので今はもう都立病院にはいないでしょう。
2002年にむすめ1号を出産した病院は都立母子保健院で、病棟が閉鎖される1ヶ月ほど前にむすめ1号は緊急帝王切開で生まれたのでした。
日曜日の朝で当直の先生は一人だったけど、麻酔医と小児科医はいて、執刀医を待っての手術開始だった。
都立病院の統合計画はもうスタートを切っていたので、妊婦健診に通っている間は都立母子保健院の閉鎖が大きな影響を及ぼすなんてあまり考えたことは無かった。

自分が緊急帝王切開になるまでは本当にこういう施設が閉鎖されて、統合されるにせよ、代替措置が無いということに危機感は全然持っていなかった。
当時は小児科救急の不足が問題になっていて、産科についてはまだ危機感はなかったと思う。

東京都の東京ER構想について不信感を持ちつつ何も言わずに暮らして来た私なので、この記事を読んで力が抜けてしまいました。

墨東病院は5年前から産科医が定数9人に達しない状態が続いていた。関係者によると、同病院では週末の当直医が7月から1人になったが、それ以前から「このままでは周産期医療センターの看板を下ろさないとつらい」などの声が出ていた。

5年前って、おいおい。
いつの時点か分からないけれど、母子保健院閉鎖が2002年末。産科の先生たちは当初は墨東病院に移ったと記憶しているんだけれども、5年間体制としては十分でないままなんとかやってきたんだなぁ。

これを機に東京ER構想がもうちょっと信頼に足るものになって欲しい。

まぁ、都立病院の統合計画がもうちょっと都民にも現場のスタッフにもやさしい計画で、母子保健院が持っていた機能をどこかに残していたとしても、研修医の引き上げとか、諸々の理由で産科は閉鎖されてしまったんだろうと思う。

それにしてもむすめ2号のときは予定帝王切開だったので、5人も医師がついての手術だったので本当に安心でした。医師5人での手術なんだこれから先の時代ではものすごい贅沢になってしまうのではないかと思ったりしている。
まぁ、そんだけ癒着胎盤は手に負えないということなのかもしれないですね。